企業法務全般

当社は、当社商品のパッケージデザイン制作を個人事業者のデザイナーに発注しました。しかし、納品後にデザイナーがインボイス制度を導入していないことが判明したため…

Question

当社は、当社商品のパッケージデザイン制作を個人事業者のデザイナーに発注しました。しかし、納品後にデザイナーがインボイス制度を導入していないことが判明したため、まずは適格請求書発行事業者の登録を行うよう求め、もし登録を行わない場合は値下げ交渉をしたいと考えています。この場合、どのようなことに気を付ける必要がありますか?

 

Answer

令和5年10月1日より開始したインボイス制度は、それ自体で、免税事業者に対し、適格請求書発行事業者への登録を強制するものではありません。そのため、貴社が個人事業主との取引の際、取引上の力関係を背景に、適格請求書発行事業者への登録の要請又は未登録を理由に減額交渉を行うような場合は、違法行為となる可能性がありますので、注意していただく必要があります。

1. はじめに

適格請求書発行事業者への登録を求め、又は、未登録を原因として取引条件の見直しを求める場合、①下請代金支払遅延等防止法(以下「下請法」といいます。)及び②独占禁止法(以下「独占禁止法」といいます。)に違反する可能性があります。具体的には、次のとおりです。

2.下請法の違反について

下請法は、同法が定める特定の取引に対して適用されます。同法の適用を受ける取引であるかどうかは、取引内容及び当事者の資本金により判断されます。

(1) 取引内容について

パッケージデザインの制作等のデザイン業務委託契約は、下請法上、「情報成果物作成委託」にあたり、下請法が適用される取引となります(下請法第2条第3項、第6項第3号)。

(2) 当事者の資本金について

下請法の適用は、委託者である事業者が「親事業者」であり、かつ、受託者である事業者が「下請事業者」であることが必要です(下請法第2条第7項、第8項)。具体的には、次のア又はイのいずれかに該当する場合に、情報成果物作成の委託者は親事業者、受託者は下請事業者となります。

  1. ア 資本金が5000万円を超える法人が委託者であり、資本金が5000万円以下の法人又は個人事業者が受託者である場合に、委託者から情報成果物作成委託を受けるとき
  2. イ 資本金が1000万円を超える法人が委託者であり、資本金が1000万円以下の法人又は個人事業者が受託者である場合に、委託者から情報成果物作成委託を受けるとき
(3) 設問の検討

上記の要件に該当し、下請法が適用される場合、適格請求書発行事業者への登録の要請においては、特に以下のような行為が問題となると考えられます。そのため、このような措置は講じないように注意していただく必要があります。

  1. ア 適格請求書発行事業者に登録するまで、デザイナーに対する消費税相当額の支払を拒否すること(下請法第4条第1項第2号)
  2. イ デザイナーが適格請求書発行事業者に登録していないことを理由として一方的に取引価格から消費税相当額の減額を行うこと(下請法第4条第1項第3号)
(4) 違反した場合のリスク

下請法に違反したため、公正取引委員会の勧告対象となった場合は、同庁から企業名及び違反内容が報道資料とともに公表されるため、貴社のレピュテーションリスクとなり得ます。

※(参考)公正取引委員会下請法勧告一覧

3.独禁法違反

下請法の適用がない取引であっても、独禁法に違反しないかどうかの検討も必要です。

すなわち、取引上の力関係において、委託者が受託者よりも強い立場にあるような場合に、その立場を利用して受託者に不利益を生じさせたようなときは、優越的地位の濫用として独占禁止法違反となります(独禁法2条9項5号ハ)。なお、下請法と独禁法の双方が適用できる場合は、下請法が優先して適用されます(下請法第8条参照)。

(1) 優越的地位にあたる場合

委託者が優越的地位にあるかは、受託者との関係で相対的に判断されます。判断に際しては、以下の観点から総合的にみて、委託者が著しく不利益な要請等を行っても、受託者が受け入れざるを得ない場合であるかを検討します(東京高裁令和5年5月26日判決)。

  1. ①受託者の売上高のうち、委託者との取引による売上高の割合の大きさ
  2. ②市場シェア等から見た委託者の市場における地位
  3. ③受託者が委託者以外との取引を行う可能性
  4. ④その他受託者が委託者との取引を必要とする事情
(2) 設問の検討

受託者は、個人事業者のデザイナーですので、著名なデザイナーであるといった特殊な事情がなければ、委託者との取引に経済的に依存しているような状態である場合が多いと思われます。

そのため、貴社は、適格請求書発行事業者への登録の要請を促すための措置(取引の停止、発注量の縮減等)を講じたり、代金額の減額交渉を行おうとする場合は、受託者に著しく不利益となるにもかかわらず、受託者が受け入れざるを得ない状況でないか、予めよく検討しておくことが重要です。

4.まとめ

以上のように、下請法や独禁法に違反しないようにするためには、個別に講じる措置の内容だけでなく、自社と相手方の経済的な環境も踏まえた注意が必要です。事業者向けの資料として、公正取引委員会から「インボイス制度後の免税事業者との取引に係る下請法等の考え方」も公表されていますので、こちらも合わせてご確認ください。

自社の対応が下請法又は独禁法に違反しないとの自信が持てないような場合は、お近くの弁護士等の専門家にご相談いただき、事前にリスクを予防することをお勧めします。