労働

以前勤めていた従業員が先日退職しましたが、その従業員から未払いの残業代を請求する内容証明郵便が届きました。会社としてどのような対応するべきでしょうか?

Answer

1 はじめに

未払残業代の請求は、ここ数年で減少傾向にありますが、それでも毎年6万件を上回る100万円を上回る割増賃金の支払事例が発生しています(厚生労働省「100万円以上の割増賃金の遡及支払状況」)

そこで、今回は、未払残業代の支払を請求された場合の会社の対応についてご説明します。

2 勤怠記録の開示について

通常、(元)従業員は、時間外労働に関する資料を手元に持っていません。そのため、未払残業代の支払を求める場合、最初の内容証明郵便では、会社が保有する労働時間の管理記録を開示するように求めてくる場合が多いと思います。

この点、当該要求を拒否又は無視するといった対応を行う会社も見受けられますが、裁判例においては、信義則上、会社はタイムカードの開示義務を負う、としたものがあります(大阪地判平成22年7月15日)。

このような義務違反のリスクがあることも踏まえると、開示要求を受けた場合は、応じた方がよいでしょう。本人から内容証明を受領したからといって、無視したり、対応を怠ったりすることは、いたずらに貴社の民事上及び行政上のリスクを増大させることになります。

3 時間外労働に関する会社からの反論について

退職した従業員から未払残業代を請求された場合、会社としては、次のような反論が可能か検討することが考えられます。

  1. ①時間外労働の計算が誤っていること
  2. ②管理監督者に該当すること
  3. ③残業が会社の指示でないこと
  4. ④固定残業代が支払済であること

以下、順にご説明します。

(1)①時間外労働の計算が誤っていること

出退勤時の打刻(タイムカード、ICカード、クラウド勤怠システム等による打刻)の記録に基づき、元従業員が未払があると主張する残業時間について調査をします。なお、時間外労働に対する賃金は、原則として1分単位で支払わなければなりませんので、時間の算出も1分単位で行っておきましょう(労働基準法第24条)。

(2)②管理監督者に該当すること

労働基準法第41条に定める管理監督者に該当する場合、一般社員と異なり、管理監督者は、労働時間、休憩及び休日に関する規定の適用を受けません。そのため、時間外労働に対する割増賃金の支払(労働基準法第37条)も不要です(深夜労働に対する割増支給は必要です。)。したがって、まずは元社員の在職時の役職の有無等から、管理監督者であったかを確認しましょう1

(3)③残業が会社の指示でないこと

残業代は、所定労働時間外の労働の対価として発生します。そのため、会社の残業指示に基づく労働といえなければ、そもそも残業代は発生しません。

この点につき、裁判例においては、次のような事実関係において、会社の残業指示を否定しています。

  1. ア残業を禁止すること、残務がある場合には役職者に引き継ぐことが命じられており、かつ、これを徹底していた事実関係のもとでは、時間外業務を行っていたとしても、会社が残業を指示したとは認められない(東京高判平成17年3月30日)。
  2. イ残業については、上司への申請とこれに対する許可が必要であり、それまでも申請の取下げや不許可の処置がとられてきたこと、休憩時間は交替制で付与されていること等から、外形上就業していたとしても、会社から黙示の残業の指示があったとはいえない(大阪地判平成5年12月24日)。
  3. ウ従業員が任意に実施できる友人、知人らへの商品の販売営業及び業務関連知識習得のためのWEB学習時間は、自主的に、従業員の自由意思に基づいて行われるものであり、いずれも会社の業務として行うことを指示したものではない(大阪高判平成22年11月19日)。

以上のように、従業員の作業等が行われた場合であっても、会社から実質的な業務の指示がなく、労働者が自由に行動し得ることが保障されていたといえる場合には、労働時間であることが否定される傾向にあります。

1 管理監督者は、肩書だけで認められるものではなく、以下の点を総合的に見て、会社の経営側の立場としての実態を伴うものであることが必要です。

  1. ①経営参画及び指揮監督・労務管理権限の有無などの職責の重要性
    経営会議への参加していること、人事権限を有すること等
  2. ②労働時間についての裁量の有無
    就業時間の管理がされていないこと、遅刻早退欠勤により給与が控除されないこと等
  3. ③残業代を支払わないとしても保護に欠けることのない賃金及び待遇
    他の一般従業員に比べて基本給、手当、賞与等が優遇されていたこと等
(4)④固定残業代が支払済であること

固定残業代は、一般的には、残業代に代えて、一定額を手当として支払う制度を指します。そのため、固定残業代が支給されている場合、残業代は支払済であるという主張が可能となります。もっとも、固定残業代が支払われたといえるためには、裁判例上、次の要件を満たしている必要があると考えられています。

(ア) 割増賃金にあたる部分が通常の賃金と明確に区別されて合意されていること

(イ) 労働基準法所定の計算による残業代の金額が固定残業代の額を上回るときは、その差額を当該賃金の支払期に支払うことが合意されていること

(ア)の「区別されて」いる例としては、①固定残業代の金額が何時間分の残業代に対応するか、労働者において判別可能な記載形式とすること、②固定残業代として記載されている金額が残業代見合いであることを就業規則、賃金規程等で明記しておくことが考えられます。

なお、有効な固定残業代が支払われているからといって、会社がその後の残業代の支払義務の一切を免れるということにはなりません。上記(イ)のとおり、固定残業代で想定する労働時間を超えた労働については別途残業代を支払う必要がありますので、ご注意ください。

4 未払残業代の請求に対する具体的対応
(1)任意交渉による解決について

仮に、社内での確認の結果、未払となっている時間外労働の記録と元従業員の請求(労働時間及び金額)が同額程度である場合、本来支払うべき賃金の不払いが生じている可能性が高くなりますので、支払を検討してもよいでしょう。

他方、会社の記録上、元従業員の請求には根拠がないと判断した場合は、支払の拒否又は減額の交渉を行うことも考えられます。

(2)法的手続による解決について

任意交渉で解決しない場合、労働審判、訴訟へと紛争解決の場を移すことになります(任意交渉なしに法的手続が開始する場合もあります。)。

法的手続に移行した場合のリスクとしては、次の2つがあります。

  1. ①訴訟において労働者から請求があった場合(多くの場合は請求されます。)、裁判所は、付加金として請求額の2倍の金額を会社に対して支払うよう命じることができること(労働基準法第114条)
  2. ②退職後の未払残業代は、退職日の翌日から年利14.6%の遅延利息を加算しなければならないこと(賃金の支払の確保等に関する法律第6条第1項、賃金の支払の確保等に関する法律施行令第1条)

そのため、本来払わなければならない未払い残業代があるにもかかわらず、自らの主張に固執してしまうと、かえって支出が増えるという場合もあります。

したがって、法的手続に移行させ、裁判所判断を仰ぐことが得策であるかどうかについては、未払い残業代の請求を受けた時点で、弁護士等の意見を踏まえ、分析をしておくことが望ましいと思います。

5 まとめ

以上のように、元従業員から未払い賃金の請求があった場合は、請求に根拠があるのかを見極めた上、どのような対応を行うか、決定する必要があります。この見極めは、過去の裁判例等の動向なども考慮する必要があり、なかなか専門家ではないと難しいところがあります。そのため、リスクを可能な限り抑えるためにも早期に専門家にご相談いただくのがよいでしょう。