企業法務全般
フリーランス新法という法律が成立したと聞きました。当社も個人事業主への外注を行っていますが、これまでと比べてどのような点に気を付ける必要があるのでしょうか。
Answer
特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(以下「フリーランス新法」又は単に「法」といいます。)においては、①フリーランス新法の適用範囲、②取引に関する事項、③業務環境に関して、適正化を図る目的でルールが定められました。今回は、フリーランス新法によって委託に際してどういった点に注意すべきことになるのか、ご説明いたします。
なお、フリーランス新法においては、公正取引委員会、中小企業庁長官又は厚生労働大臣は、特定業務委託事業者等に対し、違反行為について助言、指導、報告徴収・立入検査、勧告、公表、命令をすることができるとされています。また、命令違反及び検査拒否等に対しては罰金を科することもできるとされています。公表等がなされた場合、レピュテーションリスクが発生する可能性がありますので、フリーランス新法において課される義務等については、よく理解をしておくとよいでしょう。
第1 フリーランス新法が適用される範囲
フリーランス新法は、一部例外はありますが、「特定受託事業者」と「特定業務委託事業者」との間で締結される契約の目的が、同法に定める「業務委託」に該当する場合に適用されます(以下、この契約を「特定事業者間の業務委託契約」といいます。)。具体的には、次の場合に該当します。
1 特定受託事業者について
フリーランス新法によって保護を受ける対象は「特定受託事業者」となります。この「特定受託事業者」とは、一般的な意味合いとしての「フリーランス」全般を指すわけではなく、業務を受託する事業者のうち、以下の①又は②に該当する方に限定されます。
- ①個人であって、従業員を使用しないもの
- ②法人であって、代表者が一人いるだけで他の役員がなく、かつ、従業員を使用しないもの
この要件においては、どのような者が「従業員」に該当するのか、が問題となります。厚生労働省が発表した資料によれば、「『従業員』には、短時間・短期間等の一時的に雇用される者は含まない。」とされているところ、国会において「雇用保険対象者の範囲を参考に、週労働20時間以上かつ31日以上の雇用が見込まれる者を雇用した場合には、本法案の従業員にあたると考えている」との答弁がなされています。したがって、委託先に業務従事者がいたとしても、上記の就労時間又は就労期間に満たないときは、特定受託事業者に該当する可能性があります。この点については、青色専従者がいる場合にどのような取り扱いとなるのかなど、論点がありますが、これらの点については、具体的にはガイドラインで公表する方針であるとのことですので、今後の議論に注視が必要です。
2 フリーランス新法が適用される業務について
フリーランス新法では、業務委託契約のうち、特に取引の適正化が求められている次の業務を委託する場合が適用対象とされています。なお、いずれも、事業者がその事業のために他の事業者に委託することが必要となりますので、いわゆるBtoBの取引に限られ、BtoCの取引は対象となりません。
- ①製造・加工業務
- ②プログラム作成業務
- ③映画、放送番組等のコンテンツ制作業務
- ④イラスト制作、デザイン等の業務
- ⑤②~④に類するもので政令で定める業務(政令は未公表です。)
- ⑥役務提供業務
なお、法令上は「委託」という文言が使われており、いわゆる「(準)委任契約」に限定されるのか「請負契約」も含まれるのか疑義がありますが、法の趣旨にかんがみれば、「請負契約」も含むものと考えられます。
3 特定業務委託事業者について
フリーランス新法による規制の対象となるのは、主に「特定業務委託事業者」です。「特定業務委託事業者」とは、上記2の①から⑥の業務を委託する事業者であって、以下のいずれかにあたる事業者をいいます。
- ①個人であって、従業員を使用するもの
- ②法人であって、二人以上の役員がいる又は従業員を使用するもの
なお、「特定業務委託事業者」の要件についても、「特定受託事業者」と同様に「従業員」の範囲が問題となりますので、今後の議論に注意が必要です。
第2 「特定業務委託事業者」等に課せられる義務(その1)―特定受託事業者に係る取引の適正化について
1 取引条件の明示方法
(1)明示の内容とタイミング(法第3条第1項)
業務委託事業者は、特定受託事業者に業務を委託した場合、公正取引委員会規則で定めるところに従い、原則として、直ちに、書面又はメール等で、次の事項を明示する必要があります。
この明示義務は「特定業務委託事業者」に限定されず、広く、「特定受託事業者に業務委託をする事業者」に課されていますので、注意が必要です。
- ①業務内容
- ②報酬額
- ③支払期日
- ④その他の事項(公正取引委員会規則による)
なお、公正取引委員会規則は未公表です。
(2)直ちに明示する必要がない場合(法第3条第1項ただし書き)
実際の取引においては、委託の時点で契約内容の一部しか確定していないことも稀ではありません。そこで、フリーランス新法では、記載しないことに正当な理由があるものについては、業務委託をしたのち直ちに、明示しなくともよく、その内容が定まったのち直ちに、特定受託事業者に対して明示すればよいとされています。
(3)メール等で明示した場合の例外措置(法第3条第2項)
なお、この明示義務をメール等の電磁的方法により履行した場合においては、その後に、特定受託事業者からその書面の交付を要求されたときは、原則として、遅滞なくこれに応じなければなりません。
2 報酬の支払期日
支払期日についても、長期のサイトを設定することは禁止されています。国会において、フリーランス新法は「交渉力などに格差が生じるということを踏まえ、従業員を使用せず一人の個人として業務委託を受ける受託事業者と、従業員を使用して組織として事業を行う発注事業者との間の取引について、下請代金支払遅延等防止法(以下「下請法」といいます。)と同様の規制を行い、最低限の取引環境を整備する」ものであるとの答弁がされています。フリーランス新法は、以下のとおり、下請法の適用がない事業者間の取引についても下請法類似の規制を及ぼすものです。そのため、公正取引委員会が公表する下請法の規定についての解説が参考になります。
https://www.jftc.go.jp/houdou/panfu_files/pointkaisetsu.pdf
(1)原則(法第4条第1項)
特定事業者間の業務委託契約における報酬の支払期日は、検収に合格するかどうかに関係なく、「給付を受けた日」(役務提供の場合は「役務の提供を受けた日」となります。)から60日以内で、かつ、できる限り短い支払サイトにしなければなりません。なお、「給付を受けた日」「役務の提供を受けた日」がいつであるのかについては、業務委託の内容等によっても変わってきますので、ケースバイケースとなります。 これに反する支払期日については、次のように取り扱われます(法第4条2項)。
- ①報酬の支払期日の定めがないとき
特定業務委託事業者への初回納品日が支払期日とみなされます。 - ②60日を超える支払期日が定められたとき
初回納品日から60日を経過する日が支払期日とみなされます。
(2)再委託の場合(法第4条第3項)
発注者又は元請(以下「発注者等」といいます。)から業務委託を受けた特定業務委託事業者が、再委託として特定事業者間の業務委託契約をした場合、当該報酬の支払期日は、元請契約における支払期日から起算して30日以内、かつ、できる限り短い支払サイトにしなければなりません。
これに反する支払期日につては、次のように取り扱われます(法第4条4項)。
- ①再委託の報酬の支払期日が定められなかったとき
元請契約における支払期日が再委託の支払期日とみなされます。 - ②60日を超える報酬の支払期日が定められたとき
元請契約における支払期日から起算して30日を経過する日が支払期日とみなされます。
(3)その他の特定業務委託事業者の義務(法第4条第4項及び第5項)
特定業務委託事業者は、上記の支払期日に報酬を支払わなければなりません。しかし、特定受託事業者の責めに帰すべき事由により支払うことができなかったときは、かかる事由が消滅した日から60日(再委託の場合は30日)以内に報酬を支払うことで足ります。
また、特定業務委託事業者は、発注者等から前払金の支払を受けたときは、再委託をした特定受託事業者に対して、資材の調達その他の業務委託に着手するために必要な費用を前払金として支払うよう適切な配慮をするよう求められています。
3 特定業務委託者の遵守事項
法第5条では、次のとおり、特定業務委託事業者が行ってはならない行為が列挙されており、その内容は下請法第4条の一部と同様となっています。支払サイト同様、上記の公正取引委員会が公表する下請法の解説資料が参考になります。
(1)禁止される事項
特定業務委託事業者に対して、取引上の力関係に乗じた次の事項を行うことは禁止されています。
- ①特定受託事業者の責めに帰すべき事由がないのに、納品を拒むこと。
- ②特定受託事業者の責めに帰すべき事由がないのに、報酬の額を減らすこと。
- ③特定受託事業者の責めに帰すべき事由がないのに、納品後、その納品物を引き取らせること。
- ④特定受託事業者の業務の対価として通常支払われる金額に比し著しく低い報酬の額を不当に定めること。
- ⑤品質管理等の正当な理由がある場合を除き、自己が指定する物を強制して購入させ、又は役務を強制して利用させること。
(2)特定受託事業者に損害を生じさせることが禁止される事項
特定事業者間の業務委託契約では、①又は②に該当する行為によって、特定受託事業者の利益を不当に害することが禁止されています。
- ①自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させること。
- ②特定受託事業者の責めに帰すべき事由がないのに、特定受託事業者の給付の内容を変更させ、又は特定受託事業者の給付を受領した後(業務の内容
が役務提供の場合は当該役務提供を受けた後)にやり直させること。
第3 「特定業務委託事業者」に課せられる義務(その2)―特定受託業務従事者の就業環境の整備について
特定業務委託事業者は、特定受託事業者の業務環境を適正なものに整備するよう、以下の対応を求められることが明文化されました。なお、業務環境に関する詳細な定めは、厚生労働省令で定められます。
1 受託者の募集の際に表示する内容を正確なものとすること(法12条)
特定業務委託事業者は、特定受託事業者を募集する際、出版物や広告媒体等に掲載する業務委託に関する内容その他の就業に関する事項について、虚偽の表示又は誤解を生じさせる表示をすることが禁止されます。
2 育児、介護を行う受託者が取引を継続できるよう配慮すること(法13条)
継続して取引のある業務委託の相手方となっている特定受託事業者から妊娠、出産若しくは育児又は介護を行うことの申出があった場合であっても、その後も業務に従事することができるよう、特定受託事業者の状況に応じた必要な配慮を求められます。
3 ハラスメントの防止及びハラスメント行為が生じた場合の対応の体制を整備すること(法14条)
いわゆるセクハラ、マタハラ、取引関係上の力関係を利用したパワハラに関する特定受託事業者からの申告があった場合、これに対応すること及び対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置を講ずること求められます。
必要な措置としては、たとえば、ハラスメントの相談窓口を開設するなどの対応が考えられます。
4 継続的取引を終了する際に予告期間を設けること(法16条)
継続的業務委託契約の期限満了で取引を終了する場合及び契約の中途で解除しようとする場合は、相手方である特定受託事業者に対し、終了日の30日前までに、その予告をしなければなりません。契約を更新しない場合であっても予告が必要となる点にご注意ください。
ただし、天災等により予告することが困難な場合は、予告は不要となります。
また、契約の終了日までに、上記の予告を受けた特定受託事業者から解除の理由の開示を求められた場合は、原則としてこれを開示しなければなりません。
第4 まとめ
以上のように、フリーランス新法においては、契約時、契約中及び契約終了時におけるルールを定めています。しかしながら、実務上は、まず、自社の取引先が特定受託事業者でないかについて、人員、業務体制等を問い合わせて確認する必要があるでしょう。
この点、個人である取引先については、詳細を確認することなく、全て特定受託事業者として扱うという企業の意見も出ているようです。
フリーランス新法の施行は、公布の日から起算して1年6か月以内(令和6年11月頃まで)に施行される見込み(附則第1項)ですので、貴社の取引状況をふまえて、どのような対応が適当であるのか、ご検討いただくのがよいと思います。
なお、3年を目途に見直されることも予定されています(附則第2項)ので、今後もフリーランス新法の動向は注視していただければと思います。